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1 朝課導入部について
先唱句、応唱句 P250(初回で渡された朝課聖歌集 以下同じ) 招詞 Invitatorium P368 →実質的にはアンティフォナである。 すべて前半(A部分)、後半(B部分)にわかれている。 賛歌 P365 →第1旋法ながらド-ソの要素が強いものとなっている。 ◎「中世キリスト教の典礼と音楽」J.ハーパー著 P118 から参照されたし。 ただし P118 に記されている Invitatoriumの歌い方は、正しくは: a1-2/A1-2/v1-2/A1-2/v3-4/A2/v5-7/A1-2/v8-9/A2/v10-11/A1-2/Gloria/A2. a1. A2 2 12月25日 当講座担当箇所 女声:第3夜課のレスポンソリウム3つ 男声:第1夜課の詩篇44、第3夜課の詩篇88 の偶数行。 3 プリント2,3,4ページ配布。 P2:Invitatorium →右肩の H44 のH は Hartker の略。 ザンクトガレン写本のひとつで、聖務日課の聖歌が体系的にのっている。 この曲は第4旋法だがレ-ソの要素が強い。 (考察)*アンティフォナの繰り返しパターンが本来の形である。 *詩篇だが音の動きがあり、最も複雑な朗誦パターンである。 P2:Responsorium1(P375)→歌い方パターンはABVBVAB 独唱唱句の前後に全員で斉唱する反復句が付く。最初のVが独唱。 歌い方のポイント カデンツパターンは頑張りすぎないように。 レスポンソリウムは定形化されている。Vは音形が同じ。 P3:Responsorium2 →歌い方パターンはABVB (考察)楽譜最後の下降音形に入る部分からは「分離の法則」により articulationはつかない。 (訂正)楽譜一番最後 Hodi-e の■譜はB部分出だしの間違い。 P4:上記部分のネウマ譜である。P2,3 のネウマはここから花井先生が転記し て下さった。感謝。改めて各自確認のこと。 (RI) Tags:#グレゴリオ聖歌演奏法/東京
1 自分の「手」のみを見ながら、女声は11番、男声は4番から順に音を
上げて 5度、6度と声に出して読む練習。 2 ラは多く出てくるが、「ラの上はファ」と読む。 3 旋律は5度、4度を見分ける。どんな5度、4度かにより旋律のとらえ方が わかる。 4 音階(12音階)の違いは読み方の違いがはっきりしている。 5度4度のセットで覚えると半音の位置がはっきりわかる。 読み替えは休符をはさんでするとわかりやすい。 5 プリント18番でソルミゼーションの確認。 ※ 宿題 配られたプリント「Ave Maria」で4度、5度をさがすこと。 ※ 今回から「作曲係り」と「ラの上のファ係り」が当番として一人づつ指名 されます。作曲係りはソルミゼーションをつかって曲をつくること。 ラの上のファ係りは楽譜をさがしてラの上のファを確認すること。 (RI) テキストの132頁3行目から153頁の最後までを読んだ。なお、この講義に際し、C.T.さんから「中世キリスト教典礼用語集」が配布された(とても役に立ちます)。以下、講義の要約を掲げる。
第2部 「信心ミサ」(続き) ・ 個人やグループの要望に応じて、主祭壇ではなく、脇の礼拝堂で、教会暦とは関係なく、信心ミサが行われた。死者、聖母、三位一体、聖人などの目的は様々。 ・ 14世紀、ノータルダムでは建築が盛んになり、15世紀にはとりなしの祈りが流行する。1529年までには、脇の礼拝堂が42にもなり、司祭は126人もいた。祭壇付きの司祭は終身雇用だが、朝課の歌手は1年ごとの契約。 ・ 信心ミサのほとんどは、言葉で唱えるだけだが、歌手が雇われるケースも。1453年、司教ドニ・ムーランは聖ドニと聖ジョルジュのために8人の少年と一人のマスターを雇ってミサを行った。 ・ なかでも、フランスの財務総監や司教が輩出したジュヴネル・デ・ジュルザン兄弟のケースは特筆に値する。脇の礼拝堂に家族専用の墓を作り、両親の肖像画もかかげ、毎日歌なしのミサを行った。また、例外的に主祭壇で父母のためのミサも行わせた。さすがに、ステンドグラスにする請願は却下されたが、その家族の肖像画(134頁の図を参照)はいまでもルーヴル美術館で見る事ができる。 「兄弟団の典礼」 ・ お金の無い人たちは、個人では出来ないので、テーマを決めて「信心会」を組織して、典礼を行った。この信心会は古い時代からあり、9~10世紀にはその存在を確認できる。12使徒、麦角中毒症予防、朝課のために起きるパリの聖母などいった兄弟団まである。同業者組合が作るケースも。商業組合、熟練の靴職人、床屋、射手など。自分たちの守護聖人のときには、荘厳ミサをあげた。ちなみにペスト防止の守護聖人は聖ロック。 ・ 136頁は突然死予防のためのミサの楽譜。15世紀のグレゴリオ聖歌の楽譜に特徴的である遠くから見ても見やすい書き方。第3旋法で書かれている。137頁は計量記譜法でかかれた挿入句(トロープス)付きのサンクトゥス。これらは、大聖堂正規の聖歌集には出てこないが、フランス各地では知られていた。兄弟団などの典礼が参事会からは独立して独自の典礼を行っていたことがわかる。 ・ 1474年、ろうそく職人の同業者組合の兄弟団は、ノートルダムの大聖堂の外にある聖ジャン・ル・ロンの礼拝堂(洗礼用、5頁の地図参照)を本拠地にしたいと請願。その時の文書(138頁に引用)によると、「歌手たちにはノートルダムの正規のメンバーもいるので、空き時間にやるように」、「入り口の机の上にオルガンをおいた」、「主なミサでは、助祭、副助祭、二人の歌手、オルガニストによる歌ミサが行われた」、「レクイエムは歌なしだが、喜ばしい典礼では、オルガンが使われた」などのことがわかる。 ・ 兄弟団はヨーロッパ中に広がった。(講師補:なかでも、ヒエロニムス・ボスの祭壇画を保有していたことでも有名なオランダのデン・ボスの兄弟団礼拝堂は、大聖堂本体に匹敵する壮麗さを誇る。欧州各地の有力貴族をメンバーに持ち、立派なコワイヤーブックも残っている。そのような者に比べると)、パリの兄弟団の典礼は、参事会の保守的な考え方のせいもあり、質素であった。 第3部 驚異の機械 第4章 オルガン ・ オルガンの語源はギリシャ語、道具、臓器などの意味。中世ラテン語でオルガヌム(複数形 オルガーナ)ほど多義に富む言葉はない。機械仕掛けのもの、人の声、声楽作品、典礼などの意味もあり、楽器としてのオルガンという意味はそのひとつにすぎない。 ・ オルガンがいつ教会に導入されたのか?語義の多義性による誤解も多い。15世紀より前、オルガニスタは歌手を指した。即興演奏をする人、対旋律を歌える人のことだった。オルガン奏者は、オルガニザトール 。 ・ 14世紀以前にはノートルダムにはオルガンは入っていない。フランスでは、ストラスブールとランスだけ。 ・ ノートルダムの場合、建築の進捗状況から導入の時期を類推できる。オルガンの場所は、内陣やジュベではなく、身廊。13世紀後半には完成しているが、直ちに改築が始まったので、14世紀以前にはオルガンは設置できなかったはず。14世紀になると、オルガニストへの謝礼の支払いやオルガニストへの演奏の合図となる鐘を内陣に設置した支払いの記録があらわれる。 ・ 当時のオルガニストは楽譜を見ないで弾く、即興が原則。 ・ オルガンの擱かれた場所は身廊、つまり民衆のいるところ。 ・ 1401年、2代目のオルガンが、正面玄関入ってすぐ上の西壁にステンドグラスをつぶして設置される。これは今のオルガンと同じ位置。 ・ オルガンビルダーはみなフランドル人。初期のオルガニスト(148頁に歴代のオルガニストの一覧あり)もフランドル人。 ・ この時代のオルガンはストップで音色を変える機構はなく、ブロックヴェルク型のオルガン。音は一種類のみ。ただし、一つの鍵にいろいろなパイプ(オクターブや倍音など)が組み合わさって荘厳な音に。鍵盤は30あり、低音は5本、高音は10本のオープンフルー管を使用。6~7人が大きな輪っかをまわして風を供給。音色の変化はつけられないが、輝くような大きな音が出たはず。 ・ オルガンの設置には時間がかかった。おおよその完成を見たのは14年後の1415年。古いオルガンが売却されたのは1426年のこと。 ・ 音域は4オクターブ(現代と変わらない)。600本のパイプがあった。 ・ このオルガンはおよそ300年も使われた(講師補:1470年代に改造の記録があるが、おそらく当初はピタゴラス音律で調律されていたのが、調律法を変えたということかもしれない)。1730年台に第3世代のオルガンが設置されるまで活躍。クープランやラモーの時代までゴシックオルガンがずっとあったことになる。 ・ オルガニストにはいろんな人が就いた。楽器のメンテが得意な人、機械の知識が豊富な人、医学士、典礼劇の作者、参事会員などなど。オルガニストのルノーはポリフォニーの重要な歌手だったので、二つの役割を同時には担えず新たなオルガニストを雇うことになった、という記録が残っている。 ・ オルガンのレパートリーについて証言する音楽史上最古の文章が残されている。151頁の1415年のアンリ・ド・サックスの記事だ。23の大祝祭日のミサにオルガンを演奏。キリエ、グローリア、プローザ、サンクトゥス、アニュス・デイ。 ・ 17世紀以前は、日曜日のミサはオルガンなし。また、国王をたたえるテ・デウムでもオルガンは演奏された。賛歌やマニフィカートでは、奇数節をオルガン、偶数節を聖歌隊が歌う。オルガンは正しい音を示し、聖歌隊を支える役割を担っていた。 ・ 1447年、聖ニコラスの日、新しい司教を選ぶとき、ミサが始まっても選挙がおわらず、グローリアの途中で、新司教が入ってきたときに、なんとテ・デウムを歌い始めたが、声が小さかったので、オルガンがすかさずサポートして支えた。そして、またグローリアに戻って、急ぎミサを終えたという逸話が残っている。 ・ オルガンは聖歌の出だしの音を弾いたり、旋律を一緒に弾いたりしていた。 (K.I.) 於母の家ベテル
受講:22名(S8、A7、T3、B4) 内容 <1> 白色計量記譜法の復習 ・音符の名前:longa, brevis, semibrevis, minima。 ・メンスーラ:tempus perfectumとtempus imperfectum。 <2>Palestrina, Missa Aeterna Christi munera, Kyrie(1枚目と2枚目途中まで) ・発表会ではモテット2曲、Jubilate DeoとSuper flumina Babylonisの方を歌いますが、楽譜が見にくいので、まずこのミサの楽譜で譜の読み方の練習をします。 ・この曲のメンスーラ(縦棒線の入ったCのような記号)はtempus perfectum diminutum。 ・mamama...で各パートを譜読み。 ・Cantus最初の休符3つはBrevis休符、Semibrevis休符、Minima休符。 ・Cantus2段目最後の方のligaturaは「左上に棒はsemi・semi」と覚えましょう。 ・Cantus5段目最後から2番目の音符は(おそらく)半音上げて歌う。このようなことをmusica fictaという。「ファをミにする」(=現代的には「♯をつける」あるいは「♮にする」)。カデンツを作るため、三全音を避けるため。おそらく、というのは、他のパートと合わせてみないとわからないから。 ・Altus4段目真ん中より少し後の-sonの前の音もmusica ficta。 ・Bassus最初の休符3つはLonga休符、Longa休符、Brevis休符。 ・mamama...で全パートであわせてみる。 ・Altus2段目最後とTenor3段目最後のeleysonの-ley-にあたるファの音は最後の盛り上がりに効果的な音なので大きめに。 ・Altus5段目最後から2番目の音とBassus4段目最後から2番目の音がオクターブになるのをよく聴いて合わせる。 ・1枚目は各パートが同じ旋律を模倣していく形式。2枚目のKyrieはCantus最初とTenor最後の旋律に対し、対旋律が展開する形式。 ・Altusのラの音が低くなりやすいので気をつける。 <3>Palestrina, Missa Aeterna Christi munera, Gloria(2枚目途中から3枚目の練習番号3: Qui tollis...の前まで) ・mamama....で譜読み。 ・bonaeがboneと表記されるなど、この時代のラテン語綴りの表記方法があるので注意。ちなみに、このミサ曲のタイトルのAeternaもEternaと表記されている。 ・各段の最後やページをめくる直前に記された記号はcustosといい、次の音を示している。したがって、ページをめくる時もあわてなくていいようになっている。 ・Altusの2枚目から3枚目のめくりの場所は本当は付点のところなのにずれている(Altusだけめくりの場所が若干違う)ので注意。 ・Kyrieと違って和声的な部分も増えている。 <4>Palestrina, "Jubilate Deo" 1枚目と2枚目の練習番号3まで。 ・短三度上げで歌います。 ・音域は、左上:ソプラノ、右上:メゾソプラノ、左中と左下:アルト&テノール、右下:バス ・パート名は、左上Cantus、右上Altus、左中Quintus(5声目という意味)、左下Tenor、右下Bassus。 ・左下がTenorといえるのはCantusと同じ旋律で他のパートは逆行形だから。 ・とりあえず、ソプラノはCantusとAltus両方、アルトはQuintusとTenorの両方、テノールもQuintusとTenorの両方を歌えるようにしておく。 ・メンスーラはtempus imperfectum diminutum。 ・mamama...で譜読み。 ・Bassusの2段目最初にBrevis休符がぬけているので追加する。したがって、2段目最初の休符はBrevis休符とMinima休符となる。 ・Cantusの2枚目2段目最後の方のligatura(左上に棒はsemi・semi)の2つめの音(黒いsemibrevis)と次の黒いminimaは、color minorと呼ばれるもので、結果的に付点付きminimaとsemiminimaという音価の組み合わせになる。 ・Cantusの練習番号3の1つ前の音はmusica ficta。 ・Tenorの練習番号2の1つ前の音はmusica ficta。 ・Quintusの2枚目2段目真ん中laetitiaの-aにあたる音はmusica ficta。 *次回は続きをやりましょう。 (N.I.)
□配布物 計2枚
「コルトナラウダコンテンツ」のプリント(1枚) コルトナラウダ2番 “ Laude novella sia cantata “ コルトナラウダ3番 “ Ave donna santissima” (2曲で1枚) 前半 コルトナ・ラウダ1番 ” Venite a laudare “ を発表会形式で練習 後半 コルトナラウダに関する解説 “ Laude novella sia cantata“ “ Ave donna santissima” を練習 ■第二回講座詳細 <前半> ・前回習ったコルトナ・ラウダ1番 ” Venite a laudare “ を練習。 発表会本番と同じ歌い方・順番で歌いました。 ・杉本先生から、歌い方・順番について指示が有りました。 1. 曲の歌い始めでは、リプレーザを2回歌う。 1回目・・・女声のみ 主旋律は独唱(指名された人) その際、指名された3名はDドローンを歌い、他の人はAドローンを歌う。 2回目・・・男声も女声も全員で歌うが、指名された女声2名と男声1名 =計3名はDドローンを歌う。 以降、リプレーザを歌う時は、上記「2回目」の編成で歌う。 ※リプレーザとは下記の箇所 (曲の最初と、1・2・4・15番の後に歌う一節) Venite a laudare, per amore cantare l’amorosa vergene Maria ↓ 2. 1番( Maria gloriosa, biata … al tuo filiol virgo pia ) は 女声独唱(指名された人)。 ↓ 3. (ダ・カーポして)全員でリプレーザを歌う(指名された人3名は Dドローンを歌う。) ↓ 4. 2番( Pietosa regina sovrana, …. Aiutane per tua cortisia. ) は 女声二重唱。(指名された人) ↓ 5.(ダ・カーポして)全員でリプレーザを歌う(指名された人3名は Dドローンを歌う。) ↓ 6. 3番( Cortese, ke fai grandi doni, ………. Tutta la nostra villania. ) は女声1名で朗誦。 その間、指名された人は、リプレーザ最後のMaria の a の音をハミング。 ↓ 7. ここだけリプレーザは歌わず(ダ・カーポ無し)、すぐに全員で4番 ( Villani peccatori semo stai ……degendane la tua gran bailia. ) を朗読する。 ↓ 8.(ダ・カーポして)全員でリプレーザを歌う(指名された人3名はDドローン を歌う。) ↓ 9. 最終の15番( Vigorosa potente beata, ……… La piu fedel ke mai sia ) へ。女声独唱。 ↓ 10. 3~4秒黙想の後、リプレーザを2回歌う(指名された人3名はDドローンを歌う。) 1回目・・・男声も女声も全員で歌うが、指名された女声2名と男声1名=計3名 はDドローンを歌う。 2回目・・・女声のみ 主旋律は独唱(指名された人) その際、指名された3名はDドローンを歌い、他の人はAドローンを歌う。 !注意点! ・誤植箇所有り。4番歌詞2行目:amando la carne e li 「 peccati 」が正。 ※今回発表会では歌わないが5番歌詞1行目に誤植有り。 Bailia ne dona e 「 potentia 」が正。 ・上記演奏順6. の、3番( Cortese, ke fai grandi doni, ……) は数秒黙想の後、朗誦。 ・上記演奏順 7.の、4番歌詞朗読(Villani peccatori…… )の際は、 悔悛の意を込めるように、謙虚に呟くかのように読む。3番の朗誦と対照的に なるように。 ・ドローンは少し抑え気味の音量で歌う。 ・曲の終わりのリプレーザ(女声のみ)は静かに終わる。 ※コルトナも含めた中世の多くの街には、たくさんの広場が有った。 それらの広場はいくつもの細い道でつながっていたが、ラウダはそれら多く の広場の「辻」の様な場所で歌われた。 ラウダを歌う集団=ラウデージは、複数の広場を移動してラウダを歌ったの で、曲の最後は「ここを立ち去って次の広場へ移動していく」ような感じで 静かに閉じたい。(歩きながら歌うこともあった) --------------------------------------------------------------------- <後半> コルトナラウダに関するお話 コルトナラウダ2番“ Laude novella sia cantata“ 3番 “ Ave donna santissima”の解説と練習 コルトナラウダについて ・コルトナラウダは、フランシスコ教会の中の信徒会で作られたもの。 ヨーロッパでも、ラウダのCDが出されているが、その中の解説書には必ず フランシスコ会のことが書かれている。 ・フランシスコ教会と密接な関係の中活動していた「ラウデージ」と呼ばれる 人達がいた。その中のサンタマリア・デ・レ・ラウデという信徒会の人達が 中心になって、ラウダの写本を編纂した。そのラウデージの活動が下火に なっていった頃に、それらの写本も忘れられていったと思われる。 ・ナポレオンの時代にいろいろな教会の中のものが破壊されていったが、 その時にラウダの写本は教会の外に持ち出された。 19世紀の末に、それが偶然発掘され、学識有る図書館長により貴重な ものであると判断、認識され、保存されることとなった。 (ピアッツァ・カザーリ(現在エトルスク・アカデミーが建っている場所) の資材置き場とされていた場所に置かれていた。) ・ラウダの写本が発見された当初は音楽としてではなく、文学や言語学の方面 で注目された。音楽の分野での研究が始まったのはもっと後のこと。 (現在もそれほど多くの研究者がいるわけではなく、研究も大きくは進んで いない。) ・ラウデージたちが活動していた場所がフランチェスコ教会の中にある。 コルトナ出身の画家 ルッカ・シニョレッリはラウデージのメンバーでも あった。 19世紀の終わり頃~20世紀初め頃、コルトナ市が、ルッカ・シニョレッリ の遺骨発掘を望んだ。 ルッカ・シニョレッリはラウデージだったので、活動拠点だったフラン チェスコ教会の地下に埋葬されているのではないか(シニョレッリの葬儀 がラウデージの集会所で行なわれたという記録が残っていた)とコルトナ 市が推測して、地下の発掘作業を進めたが、遺骨は出てこなかった。 しかし、かつて封鎖されたラウデージの祈祷所が発掘された。 (ラウデージであったと思われる、別のフランシスコ会士の遺骨は発掘され、 復元技術により復元されたりもしている) ・コルトナラウダは、46番までは楽譜がある。(配布物:コルトナラウダコンテンツ) 45番と46番はオリジナルのインデックスがなく、楽譜の紙のサイズも異なるの で、後世に付け加えられたものと推測されている。 ・楽譜がある46曲のうち、最初の15曲までが全てマリア賛歌で、18番から順に キリストの降誕、ご公現、受難・・・という風に、キリストの生涯がほぼ教会暦 通りに並んでいる。 ・31番(Alta Trinita beata)の三位一体まで終わると、32番からはキリストの愛、 悔悛の勧め、キリストの生涯などをテーマとした「説教ラウダ」が続く。 ・36番からフランシスコ賛歌、アントニオ賛歌などの聖人賛歌が続く。 コルトナラウダはこの点からも、「フランシスコ会士により編纂された」事が 分かる。テキストを分析すると、フランシスコ会士にしか書けない内容が書か れている。 ・コルトナラウダは大きく分けて3つのパート:「マリア」 「キリストの生涯」 「聖人」で構成されているが、15番のマリア賛歌の後に二人の聖女の歌が続い ており、一見した感じでは変則的な並びに感じられる。 15番までは全てマリア賛歌で、 ●16番 Verigine doncella da Dio(アレクサンドリアのカタリナ に関する歌) ●17番 Peccatrice nominata(マグダラのマリア に関する歌) 18番 からはキリスト降誕に関する歌が続く。 コルトナラウダは、1番から順に歌っていくことにより、キリストの生涯を辿れる 配列なので、全部読んで歌えば完璧な信仰教育のテキストとなる。 したがって、一見して「変則的」と見える並びではあるが、フランシスコ会士が "意図して"そのように編纂したと考えられる。 ラウダ研究の第一人者によれば: ・マリア賛歌が最初に来る理由は教会暦に照らして「待降節(アドベント)」だから。 (イエス・キリストを準備する者として) ・アレクサンドリアのカタリナに関する歌がマリア賛歌の次に並ぶのは、11月25日が カタリナの祝日だから辻褄が合う。 ・しかし、マグダラのマリアは祝日が7月なので、教会暦に照準を合わせると辻褄が 合わない。 ではなぜ、17番目に、マグダラのマリアに関する歌が並べられているのか? [ 考察される意図、杉本先生の現時点での結論 ] フランシスコ会士が書いた、「コルトナのマルガリータ」の伝記には次のように 書かれている。 コルトナラウダ51番(楽譜現存せず)で歌われている「コルトナのマルガリータ」 が、「私のような罪深い者でも天国に行けるのでしょうか?」とイエス・キリスト に問いかけたところ、イエス・キリストが出現してマルガリータに応えた。 「天国の、処女(おとめ)たちの合唱隊の中で、聖母マリアとアレクサンドリアの カタリナを除けば、マグダレーナ(マグダラのマリア)ほど偉大な者はない」 マグダレーナは元は娼婦であったと言われているが、マグダレーナも天国では 処女の合唱隊に属しているのだから、コルトナのマルガリータも天国に行ける、 という事を示唆している。 この伝記に基づき、コルトナのフランシスコ会士は、コルトナラウダにおいて、 聖母マリア アレクサンドリアのカタリナ マグダレーナ の順に、”処女たちの合唱隊の中で一番の上位にいる女性たち3人” を 著したかったと考えられる。 (だから、17番目に、マグダラのマリアに関する歌が有る。) ・コルトナのマルガリータ・・・悔悛して在世フランシスコ会に入り信仰生活を 送った。後に聖女とされ、コルトナで大変尊敬された。 コルトナには、マルガリータの遺体がそのままの状態で保存されている教会が あり、いつでも見学できるように展示されている。 ・アレクサンドリアのカタリナ・・・古代の聖女で、王族の娘。 幼いころから学問をして、素晴らしい弁舌で異教徒たちに説教をしたと いわれる。 殉教録から有名になり、特に、パリで崇敬が高かった。 現在もパリ大学の保護聖女、さらに哲学と神学の保護聖女でもあり、パリ大学 の紋章もカタリナを象ったものだといわれている。 このことは、フランシスコ会が学問修道会化していく過程を示している。 マリア賛歌について ・フランシスコは、聖母マリアをとても大切にし、フランシスコ会ではマリア典礼を 発達させた。 フランシスコ会の会則・訓戒等には聖母マリアに関する記述はなく、イエス・ キリスト中心だが、フランシスコが書いた歌や詩の中では聖母マリアを讃える 言葉が(突然)出てくる。 →ラウデージに大きな影響を与え、多くのマリア賛歌をのこした。 ・フランシスコは、「ご受難の聖務日課」を自身で編纂したが、全ての時課の アンティフォナや賛歌等の代わりに、「マリアのアンティフォナ」を歌うように 命じた。(聖務日課のお祈りで受難の詩篇を唱えても、アンティフォナに戻ると 聖母マリアを讃え祈る内容になる←当時のカトリック教会で定められていた 聖務日課の内容と異なった) コルトナラウダ2番“Laude novella sia cantata “解説と練習 ・リプレーザの歌詞 encoronata は、冠をかぶったマリアをあらわす。 (天国でキリストから冠を授けられた) ・5節の歌詞 Archa は、”契約の箱・聖櫃”(大事なものを入れておく箱)をあらわす。 マリアは大事なものを入れておく箱=イエス・キリストを宿す大切な御身 という表現をしている。 Archaという単語はラウダによく出てくる。(アントニオのラウダ等) ・8節の歌詞 avocata “弁護者” の意、聖母マリアを示す称号の一つ。 ・Laude novella sia cantata の写本(プリント)の3段目をよく見ると、 グレゴリオ聖歌 Ave Maris stella の旋律に似ている。 (コルトナラウダ2番のベースにしているかもしれない?) また、連結された四角譜の配列が視覚的にencoronata「冠」に見える 感がある。中世の人々は、視覚に訴えるものを好むので、もしかしたら 冠を模した記譜をしたかも知れない。 ・高音への跳躍箇所に留意すること。(例:1節目2行目のprimo ) コルトナラウダ3番 “ Ave donna santissima” 解説と練習←ラウダの中 ではかなり有名な曲。 ・リプレーザ:Ave, donna santissima, regina potentissima は、 アペルトで、「開いて」歌う。 ・4節目解説 Quasi come la vitrera quando li rai del sole la fiera dentro passa quella spera k’e tanto splendidissima, 太陽の光線が(音もなく)ガラスを突きさして、あなたの中に入った → キリストがマリアの中に宿ったことを詩的に表現している。 太陽は、イエス・キリストのメタファー。 ・5節目解説 stando colle porte kiuse en te Cristo se renchiuse: quando de te se deschiuse permansisti purissima. あなた(マリア)は閉じた門である(旧約聖書 エゼキエル44章) あなたの中にキリストが入った時も、出て行った時も、あなたは閉じていた。 清らかさを保ったままで。 →マリアの無原罪を示していると思われる。 「閉じた門」は、教父たちによって好んで使われる表現。マリアのメタファー。 ・9節目解説 ここからは聖母被昇天の事がテーマとなる。8節目まではキリストの降誕。 Dimandasti = 聖母被昇天 無原罪 と 被昇天 は結びついている為、同じ歌の中に有る。 死は原罪の結果であり、マリアは原罪を犯していないので、”死なない”と いう、信仰が有った。 ・10節目~(概要) マリアは、自身の死期(被昇天)を悟った時、一人で死ぬのは寂しいので、 臨終の床に誰か集まってくれますようにと神に祈った。 そうしたところ、世界各地に宣教の為 散らばっていたキリストの十二弟子 たちが、瞬時にマリアの枕元へ帰って来た。(←伝承。この様子が絵画作品 としていくつものこされている) キリストの復活を見られなかったトマスは、マリアの被昇天にも立ち会えな かった為、大変嘆き悲しみ、泣いた。涙で顔を洗ったかのように。 この様子を見たマリアは、泣いていたトマスに 「トマス。 私は死んだのではありません、生きています、こんなに元気です。 この事を広め、使徒たちを慰めてください。」と、語りかけ慰めた。 →無原罪と被昇天をしっかり結びつけた、神学的なテキストと言える。 ・“ Ave donna santissima” は、フィレンツェにも同じ旋律のラウダが伝え られているが、フィレンツェラウダでは音がたくさん装飾されていて、 とても華やかな表現で歌われる。(ベルカント唱法のルーツ?) ・Ave donna から santissima に跳躍する際、同じ息のままで続けて歌う ように、音が落ちないように注意。 ・中世の音楽は「閉じない」ように、終わってもまだ続くかのように、曲の 終わりでしぼまずに「開いて」歌うよう留意。 ●次回予定 ・1番仕上げ ・3番 ・23番:キリストの受難ラウダ(写本が損傷している為、五線譜を配布予定) (担当:J.I)
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