第 39 章 655~660 ページ
1588 年から 1590 年 ・アルマダの海戦 ふたつの国の何世紀も続く関係を決定づけた出来事を、ひとつだけ選び出そうとしても無理がある。しかし、イギリスとスペインの関係においては、1588 年のアルマダの海戦が、その後の両国の歴史を完全に塗り替える出来事になった。 当時、エリザベス女王が治世するイギリスは、ネーデルランドでの利権や奴隷交易、カリブ海での覇権をめぐって、スペインと関係を悪化させていた。スコットランド女王メアリー・スチュアートの処刑後、ヨーロッパ中のカトリックから敵視されるようになり、ついにスペイン王フェリペ 2 世は無敵艦隊をイングランドに派遣した。 諸海戦ののち、軍事力では圧倒的に優位だったスペイン艦隊が敗走し、奇跡的な勝利を収めたイギリスは、大いに国威を高めた。(アルマダの海戦については Wikipedia が詳しい http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%AB%E3%83%9E%E3%83%80%E3%81%AE%E6%B5%B7%E6%88%A6) ・レオン・モデナとゲットー ユダヤ人 Leon Modena が残した"The Life of Judah"(ユダヤ人の生涯)には、当時のベネツィアとユダヤ人コミュニティーの様子が記されている。Ghetto Nuovo という名前の島にあったそのコミュニティー内で、ユダヤ人らは自分たちの規律に従って「自由に」生活する一方で、Ghetto の外に出るときは、特定の色のバッジや帽子を身につけるよう義務づけられていた。Ghetto の語源は、「注ぐ」「鋳造する」という意味の gettare で、当時のベネツィアのゲットーに武器を製造する鋳造所がいくつかあったことに由来する。 第 40 章 661~673 ぺージ エリザベス女王の時代のイギリス 総じて言えば、エリザベス女王時代のイギリスでは、大陸の音楽から離反しようとする動きと大陸の音楽に向かおうとする動きの両方が混在していた。 英国国教会の典礼向けの音楽は、独自性を保ち続け、一方、密かに行われていたカトリック典礼での音楽は、フランドル風の模倣様式と無理なく融和する音楽になっていった。 一部の音楽ジャンルには、両面性が見られた。たとえば、イギリスのマドリガルは、イタリアからの影響を大きく受けながらも、イギリス人はマドリガーレをそのまま輸入することはせず、イギリス的な感受性のフィルターをかけてから取り入れた。独奏用の鍵盤楽器曲を作曲するイギリスの作曲家は、大陸の同じような鍵盤楽器作曲家の作品から多くを学んだあと、それらをあっさりと超越して、はるかに優れた作品を多数作った。 上流階級のための音楽は、ただひとつの場所、つまり王室とエリザベス女王にすべてが集まるようになっており、一元集中化されていた。これは、大陸の状況とはまったく異なる、イギリスならではの現象だった。 ・音楽の集中化 カトリックの復権を目指してプロテスタントを迫害し、Bloody Mary と呼ばれたメアリーの後を継いで王位についたエリザベス女王は、チューダー朝でもっとも能力が高く、一身に権力を集めた君主だった。知性的で音楽を好み、楽器を演奏した。 そのため、1599 年にロンドンを旅行したドイツ人の Platter が手紙に書いたように、「ロンドンこそイギリスそのもの」であり、当時の高度な音楽活動はすべてロンドンに集中し、国内のあらゆる優れた音楽家は王室礼拝堂に仕えた。 ・王室礼拝堂(The Chapel Royal) イギリス王室礼拝堂の楽員は、Gentlemen と呼ばれ、これに少年聖歌隊員が加わる。ドイツ、スペイン、フランスなどの宮廷音楽隊とは異なり、イギリスの王室礼拝堂の楽員は全員イギリス人で、外国人は皆無だった。Thomas Tallis や William Byrd などのように、カトリック教徒であっても、イギリス人であり、エリザベス女王に気に入られれば受容された。イギリス王室礼拝堂の楽員は、名誉と報酬が保証され、優遇された。 イギリス王室礼拝堂では、すべての音楽活動がエリザベス女王のために行われ、王室からの許可がなければ楽譜を出版することもできなかった。 ・ラテン語の教会音楽 当時のイギリスのラテン語の宗教音楽は、過去のイギリス様式(模倣がない、華美、メリスマが多い、歌詞と旋律の関係があいまい、聖母モテットの偏重)から完全に離れ、大陸の主流であったフランドル様式に非常に近い様式を持つようになった。たとえば、タリスとバードが共同で出版した Cantiones sacrae に収められているモテットでは、音楽の構造を作るうえで、模倣とそれに類する技法が多用されている。 この流れを作ったのが誰であったのか、確たる答えは不明だが、Thomas Morley が書いた音楽指南書"Plaine and Easie Introduction"で「アルフォンソ先生」として登場する Alfonso Ferrabasco の影響が大きかった、とする説がある。 ・William Byrd リンカーンで生まれたバードは、ロンドンでの成功を願って国教会のために音楽を作曲し、才能を認められて王室礼拝堂の楽員になると、カトリックの貴族からの援助を受けながら、とんとん拍子に出世した。その後、宗教をめぐるいくつかの事件によって痛手を受けながらも、カトリックへの信仰を深め、カトリック典礼のための音楽を作った。有名な 3 声、4 声、5 声のミサは、ローマ式典礼に関連する出版物が禁じられていたために、表紙を付けずに出版された。 バードの 3 つのミサ曲には、大陸のミサ曲と明らかな相違点がある。パロディ・ミサ、パラフレーズ・ミサ、定旋律ミサのいずれにも属さず、何の制約もなく自由に作曲されている。また、Kyrie、Benedictus、Agnus Dei が短く、Gloria と Credo の区切り方が違う。 バードは、典礼暦年の固有文に従った一年間分の曲を精力を傾けて作曲し、それらを 2 巻からなる壮大な Gradualia にまとめた。Gradualia は、政治的・宗教的な混乱に何度か巻き込まれたものの、状勢が落ち着いた 1610 年に 2 巻同時に再発行された。史上類を見ない傑作とされている。 ・国教会のための音楽 イギリスの王室礼拝堂で演奏された国教会のための音楽は、大陸におけるプロテスタントのための音楽とは大きく異なっていた。これは、エリザベス女王による 1559 年の「国王至上法」と「礼拝統一法」により、日々の典礼(service)のあり方が定められ、共同祈祷書によって、国教会独自の音楽が確立していったからである。イギリス国教会の典礼で演奏するための音楽として、Anthem と Service という 2 つのジャンルが新しく生まれ、多くの曲が作られた。 (CT)
by fonsfloris-k
| 2011-01-15 11:00
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