2012年 03月 03日 ( 3 )
3月3日 ルネサンス音楽を歌う[1]ジョスカン・デ・プレ(東京)
1.講座の概要と「聖母ミサ」の解説
●ジョスカン・デ・プレの「聖母ミサ」を歌う。最初はSanctus, Benedictus, Agnus Dei を練習する。練習が順調に進めば、Kyrie、Gloria(4声)、Credo(4声、途中から5声)も歌う予定。
●ジョスカンの聖母ミサは中世以来の聖母ミサのように、グレゴリオ聖歌の通常唱からとった異なる主題がそれぞれの楽章で使われている。(キリエとグロリアは、9番のミサ曲、クレドは最も一般的な1番のクレド。サンクトゥスとアニュス・デイは現行の聖歌集にある9番の聖母ミサではなく、4番のミサ曲の旋律。)ルネサンス時代の世俗曲・宗教曲では珍しい。(普通は、楽章が違っていても同じ主題が使われる。パロディーミサ(もじりミサ)という。)
●そのため、楽章ごとに「旋法」が異なる。Kyrieは第1旋法、Gloriaは第7旋法、Credoは第4旋法、Sanctus,は第8旋法、Agnus Deiは第6旋法、が使われている。
(補足1)~番のミサ:現在では一般的に20世紀に出版された聖歌集に従い、ミサ曲は番号を付けて分類される。そしてあるミサ曲は、特定の祝日と関連付けられている。たとえば9番のミサ曲は聖母のミサであり、(現在は)聖母の祝日、あるいは聖母の随意ミサには、この旋律が歌われるようになっている。
(補足2)先生の話の中で「2468は3434」と言う言葉が出た。それは、次の意味がある。(旋法について)
●変格の第2、4、6、8 旋法の支配音(ドミナント)はそれぞれ、終止音(フィナリス)の3度、4度、3度、4度上の音であるという意味。(古楽院では「2468は3434」と覚える。)まとめると、次の内容らしい。

第2旋法(変格) ヒポドリア 終止音レ 支配音ファ 第2旋法の支配音は、終止音レの3度上のファ
第4旋法(変格) ヒポフリギア 終止音ミ 支配音ラ 第4旋法の支配音は、終止音ミの4度上のラ
第6旋法(変格) ヒポリディア 終止音ファ 支配音ラ 第6旋法の支配音は、終止音ファの3度上のラ
第8旋法(変格) ヒポミクソリディア 終止音ソ 支配音ド 第8旋法の支配音は、終止音ソの3度上のド

●「通作ミサ」ができる前、15世紀初頭、「ペアミサ」が作られた。(KyrieとGloria、CredoとSanctus) デュファイなども作曲している。15世紀前半、イギリス人たちが、1つの主題を元にして5楽章一緒に作曲されるミサを流行らせた。大陸の人たちがそれを真似し「通作ミサ」の様式が始まった。
●今回の「聖母ミサ」は先ほど述べた「ペアミサ」の伝統を感じさせるような形式になっており、KyrieとGloria、SanctusとAgnus Deiはペアとして作られている。
●Credoは別にまとめてあって、他のミサ曲に当てはめていた。それはおそらくCredoが典礼に採用されたのが中世でも比較的後の方で、新しいジャンルに属し、旋律もそれほど多くはないからと思われる。
●「聖母ミサ」は、ジョスカン自身によって構想されたのではなく、もともと別の作品として作られていた個別のミサを他の人が組み合わせた、という説もある。
●Gloriaでは聖母に関する言葉、トロープス (tropus:挿入句)が加えられている。ジョスカンの曲でもそれをそのまま引き継いでいる。トロープスは16世紀後半のトリエント公会議で禁止されてしまった。

3.フランス語風ラテン語の練習
●配布されたグレゴリオ聖歌「聖母のミサの通常唱」ミサ4番Sanctusの楽譜をみながら、フランス式ラテン語の練習を行った。
●先生によると「発音も大事だが、抑揚(イントネーション)はもっと大事.。どちらかというと低いところから初めて、言葉と言葉が続いてゆく感じで発音する。アクセントをなしに、長く続けてゆく感じ。」とのこと。
(参考)発音
練習をよく聞いて、発音練習するほうが有効だと思われるが、発音を書き留めると下記のように聞こえた。
Sanctus:an, [ ɑ̃ n] アの口で鼻腔に響かせる。uは[y]。(イを発音しながら唇を丸める。ユに近い。)
Dominus:uは[y].。(イを発音しながら唇を丸める。イに近いユ。) 
Deus.:uは[y].。(イを発音しながら唇を丸める。イに近いユ。) 
Sabaoth:語末の子音字t、h は発音しない。
Pleni sunt:un [ œ̃n ] 鼻にかかった「アー(ン)」。 ([ œ̃ ]鼻母音。曖昧な発音を鼻に抜く。)
suntの語末の子音字tは発音しない。
caeli et terra:caeセ[se]。 etの語末の子音字tは発音しない。
Gloria tua.:uは[y]. (イを発音しながら唇を丸める。ユに近い。) Glori atuaのように読む。
Hosanna:h 発音しない。sa [ zɑ̃ ] sは母音に挟まれるので[z]、aはアの口で鼻腔に響かせる。
in excélsis.:excélsisのxは発音しない。eはセ[se]。
Benedictus:cは発音しない。uは[y] . (イを発音しながら唇を丸める。イに近いユ。) 
qui venit:qui キ [ki] 。 venitの語末の子音字tは発音しない。
in nomine Domini.:om [ ɔ̃m]オの口で鼻腔に響かせる。

3.グレゴリオ聖歌(4番のミサ旋律)Sanctus
グレゴリオ聖歌のSanctus を歌い、各パートの言葉(発音)とSanctusの主題の確認を行った。

4.「聖母ミサ」Sanctus
各パートを旋律を歌いながら、各パートの言葉(発音)と音符の長さの確認を行った。
●白色計量記譜法に関しては、講座で配布した資料に記載されているので、説明は省略。
●Sanctusのメンスーラ(Mensura)は、modus perfectum / temps perfectum / proratio minorで、記号oで表記される。
●Tenorのパートに、”Yeunabis quattuor tempora.”と書いてあるのは、「4つの時の間、断食していなさい。(brevis4個分、歌わずに待つこと。)」と言う意味。Tenorの部分は2声のカノンになっており、低いTenorが旋律中の①の合流記号(signum congruentiae)に来たところで、高いTenorが5度上で追いかける。ムジカ・フィクタの音が、楽譜に記載されているように、先のTenorとあとのTenorでは異なるので注意。
●後半では、コワイヤブックを囲んで歌った。

(S.M.)
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by fonsfloris-k | 2012-03-03 23:22 | 講座レポート
3月3日 中世の音楽を歌う(東京)
出席者 S:3人、A:4人、T:3人、B:2人 欠席者 B:1人

1、受講生紹介

2、イントロダクション「リガトゥーラはお好き?」
 Ligaturaの数え方の基本的な説明 (白色定量譜と原則は同じ)
 2つの四角音符(brevis)のLigaturaの場合を例に。
 基本は、B-L       (B:brevis、L:longa)
  上昇音型の場合、2つの音符を縦に重ねて書く、もしくは2つ目を右にずらして、
  さらに右下に線を書く。
  下降音型の場合、1つ目の左下に線が付く。
 B-Bになる時
  上昇音型の場合、2つ目の音符の右下の線は無い。
  下降音型の場合、1つ目の音符の左下に線あり、2つの音符を斜めに繋ぐ(obriqua)。
 L-Bになる時
  上昇音型の場合、1つ目の音符の右下に線が付く。
  下降音型の場合、1つ目の音符の左下に線は無い。
 L-Lになる場合
  上昇音型の場合、2つの音符のどちらにも右下に線が付く。
  下降音型の場合、2つの音符はどちらも四角、どちらにも線は無い。
 まとめ
  上昇音型の場合、右下に線があったらlonga
  下降音型の場合、降りてきた四角の音符はlonga

  brevisの右下の非常に短い線がある場合はbrevis plica、装飾的な音型。

3、Machaut messe de nostre dame Agnus Dei III
   modus perfectum L = B x 3、
   tempus imperfectum  B = S x 2、
   proratio imperfectum  S = M x 2
    (L:longa、 B:brevis、 S:semibrevis、 M:minima)
 注意点
  不完全化: longaはB3つ分だけど、前後のbrevisに1拍取られて2拍になる。
   (白色定量譜と同じ、分割点の有無に注意すること)
  倍化: 3拍づつ組で数えて、2拍目のBの次にLがある場合、Lは常に1拍目に
   なるので、その前のBは倍化(2拍)。
    例 B(1拍目)― B ― L というようなLigaturaの場合、2つ目のBは
      2拍分で、最後のLは次の3拍組へ。
   1拍目が小さい音価のグループでも、また休符でも、同じように倍化する。

4、Machaut Felix virgo / Inviolata genitrix / Ad te suspiramus
  Iso-rhythm 同じリズムを繰り返す
   talea (譜面の下に小さく I、II、III、と書かれた部分で、リズムの反復)
   color (譜面の上に小さく A、A1、A2、と書かれた部分で、旋律が反復)

   tenorとcontratenorのA節の部分のmodusの変化
    黒い音符、modus perfectum L = B x 3
    白い音符(本当は赤い)、modus imperfectum L = B x 2
   tenorとcontratenorのB節の部分のtempusの変化
    黒い音符、tempus perfectum B = S x 3
    白い音符(本当は赤い)、tempus imperfectum B = S x 2
   AとBの部分、どちらもsemibrevisの長さは黒も白も同じ。

   上声部2声のtriplumとmoteusは、proratio perfectum S = M x 3
     S ― Mの組み合わせ(SはMに拍を取られる)と休符とMの組み合わせの
     複雑なリズムの注意。

   perfectum(完全:3拍子)か、imperfectum(不完全:2拍子)か、
   どちらなのかは休符を見れば判る。
     longaの休符が5線の間の3段分に書かれている場合、modusは完全、
                2段分の場合には不完全。
   上2声部の譜面は、休符2個とminima1個の3つで組になっているので、
     proratioは完全。

5、次回は2ヶ月後なので、忘れないように復習すること。

(MO)
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by fonsfloris-k | 2012-03-03 15:30 | 講座レポート
3月3日 音楽史講読「ノートルダムの音楽」 (東京)
2012年度第1回3月3日 10時〜12時

2011年度に学んだことをざっと振り返った上で、今回はp.109 The night service: festal Matins and Lauds から始め、p.132 第2行目までを読んだ。

 【2011年度に学んだことの振り返り】
 I Introduction
現在のノートルダム寺院は3代目の建物で、p.8には、チャペルの名前の表が載っており、左は中世の名前、右が現代の名前である。P.9のjube (ジュベ)石造りのスクリーンのことで、その奥が内陣で、教会の中にもう一つ教会があるようなイメージ。内陣には布や旗などが飾られていた。現在はジュベはない。聖職者たち The clergyは、チャプターハウスに共同体の規則に従って住んでいた。(p.18)
 p.23の地図では、下部の横長く描かれているのがノートルダム寺院で、他に4つのチャペル(教会)が描かれている。
 p.28のシテ島 Il de la Cite の地図にあるように、The cloister / cloître と呼ばれる居住区内で聖職者たちは共同生活を行い、議論や教育もここで行われた。参事会員 canonたちはその中に家とプライベートなチャペルを持っていた。

II Chant and liturgy 聖歌と典礼
 フランス固有のガリア典礼は、8・9世紀シャルル大帝の頃、徐々に廃止されローマ典礼に取って代わられていった。その特徴のひとつは、メリスマが多く、豊かに言葉を引き延ばすところに現れる。(例:P.55カプトの原曲)
 教会暦も発達し、有力者がそれぞれ聖人を祝い、聖遺物(p.69)が奉納されるたびに祝日を作り、カンタベリーのトマスやアシジのフランチェスコなど新しい聖人も増えて、祝日の数が増えていった。P.74に祝日の一覧がある。duplex聖歌を復唱(リフレインをちゃんと歌う)する日が大祝日である。それぞれの祝日の歌以外にノルマのように挿入される曲もあった。
 Kyriale 通常唱(p.81)については、現在のように5つのセクションがまとまっていたわけではなく、いろいろな組み合わせを使いまわしていたが、12〜13世紀には何曜日にはどのキリエ、などのように徐々に固まり現在のようになってきた。
P.98〜99には、典礼をどのように進めるか、どこにどういう人が座っているかが描かれている。黒■は書見台で他の人は楽譜を見ていないことが分かる。1:首席司祭 4:カントール(首席歌手) 11:中心になって歌う人たち、先唱者に最初の音を伝える(のちにはオルガンで)。

【今年度】
The night service: festal matins and lauds( p.109)
 聖務日課のスタンダードは、朝課Matins=Matutinum、賛課Lauds=Laudes、1時課、3時課、6時課、9時課、晩課、終課、夜課である。
朝課は深夜に行われる。P.113にあるように、復活祭には最後に、キリストのよみがえりの情景を現したセクエンツィア(続唱:アレルヤ唱の後)を基にした典礼劇が行われた。<マリア:天の人よ、ナザレのイエスを探しています。天使:皆に伝えよ、よみがえりましたと。弟子たち:マリア言いなさい、何を見た? マリア:生きているキリストの墓を見ました。・・・> p.114<信じるに値するのはマリアの言葉、ユダヤの人ではない>の部分は、トリエント公会議後に削除され、現代の続唱にはない。次いで、キリストのよみがえりは私達には喜びであるから、感謝をこめてTe Deumテ・デウムを歌った。
*ここはみんなで歌いました。
*以前カペラで歌った典礼劇の楽譜にはト書も入っており、ヨハネは若いから先に墓に向かって走り、ペテロは後になどと書いてあったとのこと。
p.115 パリでは他と違っていた。普通はBenedicat vos omnipotens Deus…Deo grasias で終わるところを、これをとばしてLauds 賛課が続いた。
*2-3時間かかっていたかも。4月は寒いのに。
現代ではマリアのアンティフォナは1日の最後に歌うが、14世紀頃から復活祭とその1週間後の朝課-賛課にRegina caeliが加わった。それは年間へと広がった。土日にはSalve regina やAve reginaも加わった。
p.119新しい典礼が始まった。p.120 パリのミサ典書にある15世紀のご聖体行列の絵。楽譜はO salutaris hostia(「ああ、救いのホスチア」)の最初の旋律で続唱として歌われ、17世紀にはポリフォニーのモテットへと変わっていく。
p.121キリエはカントールかレクトールが歌い、グロリアは司式の神父が歌うがレクトールが加わりピッチを修正した。(*今と変わらない?)またグロリア・クレドはすべてのミサにあるわけではない。パリでprosaと呼ばれていた続唱は特別な日に歌われた。また16世紀後半ごろまでパリでのレクイエムには続唱はなかったが、望まれ、可能であればDies iraeが挿入された。グラドゥアーレやアレルヤはソリストが歌い、その間聖職者は座ってもよいがあとは立っていた。(もたれてもよい)

The feasts of the Late Middle Age (p.121)
中世後期に入ると、祝日は限りなくどんどん増えていった。随意ミサvotive Masses(特定のテーマに基づいたプライベートミサ)も多く行われた。中心になったのは聖母マリアである。美しい時祷書も多く作られ、典礼に付け加わっていった。14世紀には、賛課や晩課の最後に、土曜日、日曜日に、それぞれ決まったマリアの長いアンティフォナや続唱が歌われ日課の最高潮となった。北ヨーロッパでもマリア崇敬が高まっており、聖母被昇天なども祝われるようになっていた。そのなかではパリは中庸だったようだ。マリアの祝日は、お宿り・誕生・み告げ(告知)・訪問(エリザベト)・お清め・被昇天で6つ。後1つで7になるので、まとめの祝日が追加された。「ご奉献」Presentationがノートルダムで祝われたのは1471年11月21日だった。「エリザベト訪問」は1474年から。パリでは6月27日とした(7月2日はSt.Martialの祝日だったため)
p.124マリアの悲しみStabat mater dolorosa(続唱)は、1541年までにパリの写本に登場した。このころマリアの新しい3つの祝日以外に、ラザロなど他の聖人の日も組み込まれた。ラザロとヨセフは新約聖書やそのころ出版されたた伝承文学などによって良く知られ、晩課の賛歌で有名なPange lingua…は、ラザロのPange linguapreciosus Lazari commerciumやcontrafactum(替え歌)として再記述された。
p.127献堂式Dedicationは何処でも大切である。初代、ノートルダムⅡを経て、ノートルダムⅢは1182年に内陣が完成したが、他がまだであった。セレモニーに使うポリフォニーを含んだ『オルガヌム大曲集』には献堂式の曲が用意されていたが。15世紀末になっても聖堂は未完成だった。
p.128聖マルセルの聖遺物をノートルダムに持ってきた際、堂が完成するまでそこに置かれるべしとなっており、聖遺物の人気にあやかり返還しなくてもよいように屋根に穴があけられ、17世紀までそのままだった。そのようなわけで、ノートルダムではいまだに献堂式が行われていない。

Votive Masses(随意ミサ)
正規の典礼に含まれないが特別にしてもらうミサで、守護聖人、ご聖体、聖母、受難などがある。内陣ではなく周りの小聖堂で行われた。ミサを祝うことで、争いから逃れ、死んだ人を天国に近付け、終油の秘跡なしの人も安心して死を迎えることができる等とされ、そのことが盛んになったため、聖職者が多く必要になり、12世紀末には57人だった教会付き神父chaplainsは1539年には126名を数えるようになった。また司式の場所も主祭壇に周りの小聖堂を加えても収まらないので、各所で同時進行の形でミサが行われていた。1498年にカテドラルに教会暦の5つのサイクルを現したタピストリが奉納されたが、その5つは受難、復活,キリストの昇天、聖霊降臨、裁きの日である。
p.130は死者目録。主祭壇での日々のミサ、altar des ardents デザルダンの祭壇での新しく組み込まれた随意ミサ、ともに歌ミサであるがそれに加えて、5つの歌のないミサlow masses についても時間が決められ、パリの神父たちの責任となった。そして祝うべき8つものミサが、平日・祝日を問わず、さまざまな聖餐式、聖務日課の中で、時計のような正確さで行われなければならなかった。

(SWKM)
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by fonsfloris-k | 2012-03-03 10:00 | 講座レポート